サグラダ・ファミリア(5)受難のファサード

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 生誕のファサードと対をなす、サグラダ・ファミリアで最も論争を呼んだ受難のファサードです。

 こちらも有名な話なのですが、生誕のファサード及びサグラダ・ファミリア全体の意匠とはあまりにもかけ離れたものがこの受難のファサードです。 
 手がけたのはバルセロナの彫刻家、Josep Maria Subirachs、ジョセフ(或いはジョセブ)・マリア・スキラッティ。1985年から製作にかかりましたが、あまりに現代的な彫刻に対して1990年にはデモが起きたほどです。

 では、そんな受難のファサードを見ていきましょう。


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 寒々しく、直線主体で無骨と言ってもいい意匠です。

 実は私も書物で見ていたときには「なんでこんな意匠にしたの?」と不思議であり嫌悪も感じたのですが、実物を見てみたらかなり印象が変わりました。


 そもそもがイエス・キリストが磔にされる場面を描写したものが受難のファサードです。ロンギヌスやユダといった人物も描かれています。
 キリストが磔にされる、そんな悲劇(後の復活を考えると一概に悲劇なのかどうなのか、という考えもありますが)を表現するうえで、この意匠以上のものはないのかもしれません。それくらいに、悲しげで冷たい感じを受けます。
 それは神の死、ひいては人の死という大きな悲しみを写し取るのに、生誕のファサードのような彫刻ではなく敢えて直線的で簡素に見える彫刻であるからこそ、とも言えます。

 冷たい印象、という言葉を多用しましたが実際見てみると確かに冷たく感じるのですがしかし、ここも人間の手による業と考えると静かな情熱を感じ取る事が出来ます。
 何より受難のファサード、現地で見ると調和してます。少なくとも私にはそう思えます。実物は恐ろしく美しい物です。生誕のファサードのような作り込みは感じ取り辛いのですが、どう考えてもこちらも相当な作り込みによる産物なのです。


ナノブロック サグラダファミリア デラックスエディション NB-028
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